革修理|【札幌】ソファー修理・財布修理・鞄修理なら革研究所 札幌店
革修理ブログ
2026/01/05
戦争と革

人類が戦いの歴史を刻み始めたその瞬間から、革(レザー)は戦場に存在していた。鉄器や火薬が登場する遥か以前、動物の皮は「防具」「収納」「生活具」として兵士の命を守り、戦いの環境を支えてきた。
革は軽く、柔軟で、加工しやすく、そして耐久性に優れるこれらの特性は戦場という極限の場において極めて実用的だった。本稿では、古代から現代に至るまで「戦争と革」の関係を辿りながら、人間がいかに革と共に戦ってきたのかを詳しく解説していく。
戦争の黎明期、武器と防具の素材は自然の恵みに依存していた。金属が普及する以前、人々は狩りで得た動物の皮を乾燥させ、油を塗り、加工して鎧や盾を作った。
古代メソポタミアやエジプトでは、革を重ね合わせた「ラメラー式防具(小札鎧)」が使われていた。乾燥地帯では革が腐敗しにくく、金属よりも軽く扱いやすかったためである。革を重ねて乾燥させ、樹脂や油で強化することで、一定の打撃耐性を持つ防具となった。
古代中国でも、戦国時代の兵士たちは「革甲(かっこう)」と呼ばれる革製の鎧を着用していた。牛革や馬革を重ね、漆で固めたもので、後に鉄製の「甲冑」へと発展していく。この革甲の製作技術は、のちの武士の胴丸や当世具足の基礎ともなった。
革は盾や兜にも広く使われた。ギリシャのホプリテス(重装歩兵)は、木製の盾の表面に牛革を張り、耐衝撃性と防水性を高めていた。また、ローマ軍のスキュタム(大型楯)も、木に革を貼り合わせて強化していた。革は単なる「皮」ではなく、戦士を守る「素材技術」でもあったのだ。
中世ヨーロッパでは金属製の鎧が主流となるが、革は依然として欠かせない素材だった。鉄の甲冑の下に着る「ガンベゾン(詰め物衣)」や「レザージャーキン(革チュニック)」は、衝撃を吸収し、擦れや衝突から身体を守った。
中世の騎士たちは、金属の鎧の下に厚い革の服を着用した。鉄製の鎧だけでは関節の動きが制限されるため、内側に柔軟な革素材を挟むことで可動性を確保していた。また、馬具の多くも革製だった。
鞍、手綱、鐙(あぶみ)、馬鎧の一部まで革が使われ、馬と人間の一体化を支える。革の強靭さと柔軟性は、戦闘馬術において欠かせない要素だった。
革は防具だけでなく、武器の一部としても機能した。特に弓の弦を保護する「弓袋」や、矢を収納する「矢筒(クィーバー)」、手首を守る「アームガード」などが革で作られた。これらは軽くて耐水性があり、戦闘中に取り回しがしやすかった。

日本でも、革は古くから戦と密接な関係を持っていた。古代日本の甲冑は、金属ではなく革を漆で固めた「革製小札(こざね)」が主流であった。奈良時代や平安時代の鎧には、牛や鹿の革を多層に重ねて漆塗りし、鮮やかな彩色を施したものも多い。
武士の装備は、まさに「革の芸術」と言える。大鎧、小札、籠手、脛当、草摺、鞍など、その多くが革を用いて作られていた。特に「韋(なめし革)」を染色し、漆で補強する技法は高度で、戦闘だけでなく装飾美としても評価されていた。
戦国時代になると、鉄甲冑が主流となるが、依然として革の役割は大きかった。甲冑の下地、兜の内張り、草鞋(わらじ)や具足袋など、細部の快適性と実用性を支えるのが革であった。
15世紀以降、火薬兵器の登場によって戦争は大きく変化した。銃弾が金属鎧を貫通するようになると、重い鉄鎧の時代は終わりを迎える。その代わり、革は新たな形で戦場に適応していく。
近世の軍隊では、兵士の靴・ベルト・弾薬袋・ホルスターなど、あらゆる装備が革で作られた。革は耐久性が高く、長期の行軍にも耐えうる素材だった。特に「ブーツ」は、兵士の象徴となる。ナポレオン時代の兵士たちは、革靴を履き、革ベルトで銃や剣を携え、戦場を駆け抜けた。
この時代、馬具の発展も著しい。軍馬は移動と突撃の主力であり、革製の鞍・手綱・馬鎧は軍の生命線でもあった。ヨーロッパ各国は、軍用鞍のデザインを改良し続け、現代の乗馬具の基礎がこの時代に完成したといえる。
19世紀から20世紀にかけて、産業革命とともに革の生産も大量化される。化学的ななめし技術(クロムなめし)の登場により、より丈夫で均質な革製品が短時間で製造可能になった。
第一次世界大戦(1914–1918)では、兵士たちは革製のブーツ、ベルト、鞄、ホルスター、ライフルスリングなどを使用していた。塹壕戦では泥水や寒冷が兵士の敵となり、頑丈で防水性のある革靴が命を守る装備となった。
また、航空戦の時代になると「フライトジャケット」も登場する。初期の戦闘機は開放式コクピットであり、寒風と油煙から身体を守るため、厚手の羊革(シープスキン)や牛革で作られたジャケットが支給された。これが後に「A-2」や「B-3」といった名作ジャケットへと発展する。
第二次大戦では、革の用途はさらに広がった。米軍・独軍ともに、ブーツ、ジャケット、ベルト、弾薬ポーチ、銃床カバー、飛行帽など、多くの軍装品に革が使われた。
一方で、戦時中の物資不足により、天然革の代替としてキャンバス地や合成素材が登場する。この代替素材開発こそが、後のナイロンや合皮(フェイクレザー)誕生の契機となる。
現代の軍装において、革は必ずしも主役ではなくなった。高分子素材、ケブラー、コーデュラナイロンなど、より軽く防弾性に優れた素材が登場したためだ。しかし、革は今もなお「軍人の象徴」としての存在感を保っている。
今日の多くの国では、儀礼用軍服や礼装用のブーツ・ベルト・ホルスターなどに本革が使われている。革は「伝統」「格式」「威厳」を象徴し、軍の誇りを体現する素材として尊ばれている。
かつて戦場で命を守った革ジャンは、今やファッションとして生き続けている。アメリカ空軍のA-2ジャケットやドイツ空軍のレザーフライトコートは、民間でも人気を博し、「ミリタリーファッション」の象徴となった。戦場から街へ――革はその役割を変えながら、文化として受け継がれている。
戦争は常に技術革新を促してきたが、それは革産業にも例外ではなかった。戦時中の大量需要は、革の化学加工・保存技術・防水技術の発展を加速させた。
しかし一方で、大量の家畜が軍需目的で殺されることへの倫理的批判も生まれた。現代では、人工皮革やヴィーガンレザーが注目されるようになり、「戦争のための革」から「環境と共生する革」へと視点が変わりつつある。
世界各地の戦争博物館では、革製の軍靴、ベルト、鞍、ジャケットが展示されている。時間の経過とともに色あせ、ひび割れた革は、戦場の過酷さと兵士たちの生活を静かに物語る。
革は金属や布とは違い、使う者の汗や手の跡を刻む素材である。だからこそ、ひとつひとつの革装備には、持ち主の「生きた記録」が残っている。

革は、戦いの道具として始まり、人間の文化と美の象徴へと姿を変えた。戦争の時代、革は兵士を守り、戦場を支えた。しかし、同時に人間の欲望や争いの象徴でもあった。
現代に生きる私たちは、その歴史を単なる「素材の物語」としてではなく、人と自然、技術と倫理の交錯点として見つめる必要がある。
革は、戦争の歴史を静かに語る“沈黙の証人”である。そして、もし人類が争いのない未来を築くことができたなら、革は再び「守るための素材」として、人の生活を豊かにする役割へと完全に戻るだろう。
革研究所 札幌店
住所:札幌市北区北34条西3丁目1-7北34条ビル1F
電話番号:011-600-6858
営業時間:平日10~19時
修理対応エリア:北海道 札幌市全域エリア
![]()
革鞄・バック

革の鞄(カバン)のスレやキズの補修、変色、革の色を変える(カラーチェンジ)までお任せください。VUITTON(ヴィトン)GUCCI(グッチ)等の革ブランド品も修理可能です。
財布・小物

革財布(サイフ)、小銭入れ、キーケース等の小物全般の革のキズ、スレをキレイに修理いたします。CHANEL(シャネル)GUCCI(グッチ)等のブランド革小物の修理ももちろんOKです。
革靴・ブーツ

男性物の革靴、女性物のブーツ等靴の革修理(スレ・キズの補修)も可能です。思い出の有る革靴等の修理はお任せください。もちろん革靴の修理に関してもブランド靴の修理可能です。
革衣類

革ジャン、革コート・革のジャケット等革衣類の修理、補修もお任せください。部分的なスレ・キズの補修から、革全体の色を変える(カラーチェンジ)まで幅広く対応いたします。
ソファー・椅子

革ソファー・革の椅子の修理実績も多数ございます。痛み具合によっては革の張替えも可能です。カッシーナ(CASSNA)等のブランドソファー修理もお気軽にご相談ください。
自動車内装

自動車の革ハンドル・革シートの修理(リペア)も可能です。ベンツ・BMWなどの高級外車から、国産の自動車まで数多くの修理実績がございますのでお気軽にお問合せください。

代表者 城台 悦史
所在地 札幌市北区北34条西3丁目1-7北34条ビル1F
TEL 011-600-6858
対応エリア
北海道 札幌市全域エリア
当店の革修理は革の事を知り尽くした熟練職人が一点一点丁寧に修理・補修いたします。思い出の有る大切な革製品を安心してお任せください。また、ブランド品(VUITTON・CHANEL・GUCCI等)の革修理経験も豊富です。革のキズやスレの補修はお任せください。革修理の御見積やお問合せはもちろん無料です。